読書感想文
「苦役列車」(西村賢太)
※2004文字※
2011年の芥川賞受賞作品。
受賞式では歯に衣着せぬ物言いで話題になりましたね。
その後、テレビにも出演するようになりました。
当作品は私小説と呼ばれ、主人公の北町貫多は、若い頃の西村氏そのもののようです。
内容ですが、始めから貫多の劣悪な生活臭が漂ってきます。
金も彼女もなく、日雇い労働者としてその日暮らしを繰り返す毎日。
日雇い労働と言っても、毎日働くわけでもなく、どうにも食えなくなったら、仕方なく働く、という生活。
当然、貯金もなく、未来の展望もない日々。
読んだだけで嫌気が差す方もいるんじゃないでしょうか。
私も若い頃、定職につかず、28歳までアルバイト生活をしていたので、貫多の生活ぶりも多少、想像できます。
もっとも私はもう少し将来を見据えていたかもしれませんが。
作品全体が男臭く、無骨。
それでいて、西村氏の古風でありながらもアンバランスな文体で読みやすくしています。
世界観は中上健次の作品っぽいな、というのが素直な感想です。
会話のテンポ、言葉のチョイスには非凡なセンスを感じます。
あえて文体を古風にしていて、「たらふく食べる」を、「鱈腹食べる」なんて表記していたり。
個人的にはこういう文章は大好きです。
一気に読んでしまいました。
「まともな」友人の日下部とのやりとりの中で変化していく貫多の心情。
日下部とその彼女と3人で野球観戦の帰りに居酒屋へいくシーンで、本当は女の子を紹介してもらいたいのに、酔った勢いで罵声を吐いてしまうシーン。
私はそれらの中での貫多の気持ちに自分を投影して読んでいました。
無茶苦茶で、非社会的な行動を起こす貫多ですが、若い頃の自分もそういうところがあったな、と思いながら。
父親が強盗強姦事件を起こした、という点は西村氏も貫多と同じという事ですが、子供の頃に自分の親が世間から蔑視されるような事件を起こした、という当時の西村氏の心情は想像を絶します。
その事件が後の西村氏の進路や性格に大きな影を落とす事になるのですが、
父親の存在がなければ、作家・西村賢太は生まれていないでしょう。
(ぼくには、日雇い人足すら勤まらねえのか・・・)
という貫多の心の叫びは、まさに西村氏の叫びであり、
当時の心情が凝縮されていると思います。
結局、貫多は一時のアルバイトとして現場に勤めていた日下部よりも先に、問題を起こして現場を退場することになるのですが、その後も日雇い人足としての日々を送ります。
作品としては特別大きなドラマもなく、日常の出来事を丁寧に描いた作品だと思います。
日下部という青年との出会いが貫多の生活にさざ波を起こした。
が、去ってしまえばまた元の生活へ帰っていく。
この出来事が貫多にどのような影響を与えたのかは、読者の想像に委ねる・・という事なのだ、と私は捉えました。
「苦役列車」を読んでから、貫多のような生き方もありだな、と思えるようになりました。
当作品を読む前は、実際に貫多のような若者を見たら、差別的な目で見ていたかもしれません。
しかし、誰にでも生い立ちや事情があり、様々な事情で今の生活をしているはずです。
かくいう私だって、現在従事している営業という仕事が、もともとやりたくてやっているわけではありません。
色々あって、そうしているだけです。
20歳頃の私は、自分の夢があり、その為にアルバイト生活を余儀なくされていました。
傍からみれば、何もせずにフラフラしている若者にしか見えなかったかもしれません。
当時の自分が貫多よりマシだった、とは言い切れないかもしれません。
幸い、私は身内が犯罪を犯すような事はなかったのですが、それはたまたま運がよかっただけで、可能性は誰にでもあります。
西村氏のように、小説というカタチで昇華できるのは、やはり才能の為せるワザなのではないでしょうか。
自分が同じ環境だったらどうしただろうか、という事を考えましたが、上手く想像できませんでした。
場合によっては酒や薬物に逃げていたかもしれません。
逆境や劣等感を内側に、内側へとため込み、それを上手く発酵させられる事ができたからこそ、「苦役列車」が生まれたのだと思います。
生活の底辺から見上げた世界はこう見えるぞ、というある種の開き直りも感じられ、劣悪な生活環境が描かれつつも、どこか清々しさ、潔さも感じました。
それは著者が、当時からある程度の期間をおいて作品を書いたからではないでしょうか。
渦中にある時は、人は自分を客観的には見れないものです。
それとも西村氏の持っている才能がそうさせるのか、全体を通して感じることのできる「おかしみ」が作品に品格を与えているように感じます。
苦味はありますが、後味の悪さがない秀作だと思います。
一点、デメリットというか、気になるのは女性が読んだらどう感じるんだろう?というのは気になりました。
徹底した男目線で描かれているので、女性からの支持はどのようなものか、というのは気になるところです。
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