「天使の囀り」(貴志裕介)の読書感想文 書き方の例文1980字

 

読書感想文
「天使の囀り」(貴志裕介)
※1980文字※

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人間の定義。

人間は様々な感情を抱いて日々を生きています。

簡単に言えばそれは喜怒哀楽であり、また、信念や主義・主張に繋がるのですが・・・・・・。

私はそこに、ある種の普遍性を感じていました。

個人の考え方・価値観は一定で、余程のことがない限り変化することはないだろうと。

しかし、その理屈は貴志裕介著の『 天使の囀り 』を手に取ったことにより、揺らぎました。

この本のジャンルとしてはオカルト・ホラーの類となるのかもしれませんが、幽霊などの超常現象を取り扱わないことから、専門の知識がない読者にとってはある種のリアリティを生み出すことに成功しています。

また、エンターテイメント作品としても、謎を解き明かしていく過程や、想像を容易にさせる描写からの衝撃的なシーン、加えて話のオチまで見事に作られており、成功を収めています。

ですが、この作品には、そのエンターテイメント性に隠された興味深い問い掛けがあるように、読了後、私は感じました。

「個人(自分)って何?」

この作品は、あることが発端で人間の身に起こる症状の原因を突き止め、解決しようとするお話ですが、その症状が人間の負のーーネガティブな感情を快楽的電気信号に変換し脳に認識させるというものです。

つまり、普段私たちが恐怖や嫌悪感を抱くものが、快楽の対象になるのですが、これが非常に考えさせられる問題となっています。

この症状にかかると、先ほど述べたような変化が個人の身に起きたとしても、 記憶の改変・喪失などは無く、意識もはっきりしていますーー原因の合理的理由に
付随する食欲・性欲の上昇が見られますがーー。

なので、いきなり性格が変わるというような変化は起きません。

では、この 『 天使の囀り 』において何がホラー作品たらしめるのか、それは「感情の変化」または「価値観の脆弱性」です。

変わったのは、自分が恐れていたものに対して「気持ちが良い」と多幸感を覚えるようになっただけで、それまでの経験等は覚えています。

しかし、この作品の症状にかかった登場人物たちは皆、忌み嫌い、コンプレックスまで抱いていた対象を素晴らしいと肯定・賛美し始めます。

それも、今までの自分の考え方を否定する発言をし、何かしらの理屈を付けて正当化しようとさえするのです。

そこの価値観の変遷を、主人公から症状にかかった人物に焦点が移る章によって、おどろおどろしく仔細に書かれており、読者を被害者、主人公の両目線で立たせることで、恐ろしさが倍加する構成となっているのですが、

その被害者の心の移り変わりようが、作中で描かれなかった他の被害者の心情を想像させ、またそこにわななくことになります。

問題の解決に奔走する主人公同様、私も一つの絶望に駆られました。

人間とは、こうも簡単に自分の考えを捩曲げ、変えてしまうものなのかと。

今回この作品におけるある症状は現実にはありえないのかもしれません。

ですが、人間は自分が良いと素晴らしいと感じるものを基準に物事を考えているのは周知の事実です。

では、それを根本的に形成しているものは・・・・・・快楽ではないでしょうか?

それは、満足感だったり、達成感だったりしますが、無償の愛で他人を助けた時でさえ幸福感を人は覚えるはずだと私は思っています。

なぜなら、自分が恐怖し忌み嫌う行為をする理由が想像付かないですし、人間が動くには何かしらの動機付けが必要ですから。

私はこの本を読み、自分を振り返りました。

何が好きで、何故、どうして好きなのか。

カレーライスが好きで口に入れるとおいしいと感じるから好きだ。

おいしいという幸福ーー快楽を感じるから好きだ。それじゃ嫌いな物は?

足が多い昆虫が苦手だ。でも、その足の多さに魅力を感じ、触れることで幸福を感じれたのなら、その昆虫の評価は・・・・・・。

この本を拝読しながら、主人公のように人間の心の弱さを感じ、被害者の目線で自分の価値観が変わることの恐怖を味わい、あらゆる物事に対して言えることですが、人間にとって「絶対」は無いのだと改めて考えさせられました。

いつの頃だったか、人間は自分が変わるということを考えないとテレビ番組なんかで聞いた覚えがあります。

過去自分が嫌いだったものが、今ではいつの間にか好きになっていたりと、加齢や経験による現在の趣味思考の変化は許容しつつも、現在自分が凄く嫌いなものは「絶対」に好きになることはないと断言することが多いのだとか。

人間は結局、生成される脳内ホルモンなどによって、個人が生きやすくなるために、感情が決められ、価値観が決まるのなら、プログラミングされた機械との違いとは何なのだろうか・・・・・・

そう思い悩んでしまうのは私の考え過ぎなのでしょうか?

人間の本質に迫りつつ、人を楽しませることを忘れないこの作品に、いまだに私は自分という一個人について、考え続けさせられていくのでしょう。

 

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