「蝿の王」(ウィリアム・ゴールディング平井正穂訳)の読書感想文 書き方の例文2070字

 

読書感想文
「蝿の王」(ウィリアム・ゴールディング平井正穂訳)
※2070文字※

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「獣ヲ殺セ!ソノ喉ヲ切レ!血ヲ流セ!殺ッツケロ!」

棒切れが振り下ろされ、新しく円陣を作った少年たちは口々に噛みつき、絶叫していた。

獣は円陣の中央にひざまずき、両腕で顔をおおっていた。

痛烈無残な騒音に負けまいとして、その獣は、山頂にある死体のことをしきりに叫んでいた。

この場面を読んだときの恐ろしさはいまだに忘れることができません。

ぐるぐると円陣をつくりながら繰り返される原始的なリズムと、その中央でうずくまる少年のすさまじい表情。

鳥肌がたつほどにぞっとし、人は誰もがこのような狂気を抱え持っているのかもしれないと思わずにはいられませんでした。

私がこの場にいたら、このうずくまる少年になっていたのでしょうか。

それとも、彼らと共に円陣を組んでいたのでしょうか。

私がこの本を知ったのはある書店でのキャッチコピーがきっかけでした。

「裏・15少年漂流記」とそこには書かれていました。

「15少年漂流記」は小学生の時に読んだことがありました。

孤島に漂流した少年たちが勇気、知恵、そして友情や差別、家族愛などが書かれた名作です。

小学校の図書館には必ず置かれているのではないでしょうか。

そのキャッチコピーに惹かれ、そのままレジへと「蝿の王」ページ数としてはそんなに厚くもなく、「15少年漂流記」の完訳版「2年間の休暇」などはこの倍ぐらいの分厚さだったかもしれません。

帰宅後、さっそくページをめくってみると、孤島に漂流してしまう十代の少年たちという設定はやはり「2年間の休暇」そのものです。

「2年間の休暇」では、漂流した少年たちが知力を最大限に発揮し、使える道具を駆使しながらピンチを乗り越えていくという勇気あるたくましい少年たちの活躍に対し、「蝿の王」ではまずほらがいを吹いたらリーダーの元へ集合するという約束事が設けられ、そのほらがいこそが王者の証しとなるというとても原始的な展開から始まります。

私たちは幼少の頃から、既に作り上げられた社会の中で自然と協調性を学び、教室というひとつの区切られた空間の中でうまく付き合ってゆくすべを学校の教訓を元に学んでいくことができました。

しかし少年たちは、彼らだけでそれを行わなければいけないのだと本能的に判断し、おそるおそるお互いを探りあいながらもそのほらがいという存在から必死に秩序ある社会を産もうとするのです。

しかし、ここで食べ物を確保することができる狩猟担当の少年たちが次第に権力を得ていくことになります。

食べ物と水。生きていくうえで何よりも重要である食料を確保できるという事実はとても強い意味を持ち始めます。

「無人島にいったら何を持っていくか?」という質問がよくとりあげられます。

様々な回答がありますが、自分の大切にする娯楽を持っていく、という回答がよくみられるように思えます。

かく言う私も、いままでであれば「お気に入りの小説」と答えていたでしょう。

小さい頃から私は本の虫で、いつも小説を持っていないと落ち着くことができないからです。

しかし、この小説を読んだ後は皆、無人島へ何を持っていくと答えるのでしょうか。

私の場合この小説を読んだ後であれば、「火をおこせるもの」と答えるだろうと思いました。

もし数人仲間がいるのであれば、火をおこせる人物は相当な権力を勝ち取るだろうと予想されるからです。

「蝿の王」を読むにつれ人の持つ生き延びる為の本能的な自己防衛とは何なのかと考えずにはいられなくなります。

そしてクライマックス、とうとうひとりの少年が「蝿の王」の声を聞くことになります。

まだ十代の無垢な少年が、狂気と向き合う様はとても不気味であり、そして悲しくもあります。

狩猟派の王者として君臨する少年が次第に力を付け始め、人の本来持つ獣性が彼らを追い詰め始め怒濤の展開を見せるのです。

ほらがいを持った秩序派の王であった少年が少しずつ病んでいく過程もまた、この本の恐ろしさをさらに助長させます。

そして、蝿の王との対峙の場面を読んだ私は、本当に狂っているのは誰なのかと疑問に思い始めました。

蝿の王の声を聞いた少年は狂っていると皆に判断されますが、本当にそうでしょうか。

「狩る」という魅力にとりつかれた少年や、「ほらがい」に固執し病んでいく少年こそが本当の意味で狂っていたのではないのでしょうか。

孤島という厳しい条件下で、蝿の王という自らの狂気を立ち向かえた少年はただひとりだったのではと私は思えてなりません。

たとえどんな状況であっても、内面にひそむ狂気と本能に打ち克つ強い自分を持たなければ人は「獣」と化してしまうのかもしれません。

本当のところで恐ろしい獣性を秘めた私たちは、「人」として生きていく為に本当に必要なものはいったい何なのかを考えること、そして自分の内面と真摯に向き合うことがいかに大事なことなのかと考えさせられました。

「裏・15少年漂流記」は、狂気の本質を書いた名作です。

人は何故狂気を合わせ持つのか。

これから何度も読み返してもなお、この答えの出ない問題と向き合うことになるのかもしれません。

 

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