「毅然として死ねない人よ。それでいいではありませんか。」(遠藤周作)の読書感想文 書き方の例文1216字

 

読書感想文
「毅然として死ねない人よ。それでいいではありませんか。」(遠藤周作)
※1216文字※

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学んだ人生観。

「毅然として死ねない人よ、それでいいではありませんか。」タイトルに一目惚れして思わず買ってしまいました。

もちろん、その時私は死にたかったわけではありませんが、私的なことで落ち込んでいました。本の帯にはこう書かれています。

「自分の立派な部分だけでなく、弱さ、醜さ全てを大きなものに委(まか)せる」

ついつい見栄を張って、世間体を気にしながら生きている私にとって、この言葉はありのままで生きていいのだ、という気持ちにさせてくれました。

遠藤周作は12歳の時にカトリックの洗礼を受け、キリシタンとなりました。

この本においてもそうですが、その他”沈黙”や”深い河”などの小説の中でも神・イエス・パードレなどの用語が頻繁に出てきます。

私自身はキリスト教の信者ではありませんが、遠藤周作の著書に触れることで神の存在を身近なものとして感じることができました。

私がこの本の中でそのように感じた部分があります。

後半の方なのですが、遠藤周作は「聖書のなかのイエスは必ずしも毅然としては死ななかった」と述べています。

イエスはキリシタンである彼にとっての神でもあるはずですが、神も完璧ではない、と言っているように私は感じました。

また、彼自身も「怠惰な自分が本当の自分である」言ったり、友人と子どものようにふざけ合ったりする場面をさらけ出しています。

つまり、神であろうが人間であろうが著名な小説家であろうが、完璧な人などおらず、ありのままで生きることが大切だと教えてくれようとしているのだと思います。

加えて、年を重ねること、老いることについても何題か書かれています。

例えば、”名言や格言は嫌味が多い”という題の中では、その考え方について軽く批判をしています。

その上で、年寄りに向かって年下の者が言う世辞に好意を抱き、そうした世辞に「年寄り扱いするな」と反応する老人に対しては修養が足りないと述べています。

若者に対して、寛大になり、時には馬鹿になることが利口に年をとる秘訣だとも述べています。

私はまだ若いですが、この考え方は何も老人だけでなく全員に当てはまるものではないでしょうか。

自分より年下に対してはもちろんですが、身の回りの人間に対して寛大な心を持つこと、素直に相手の好意に感謝することは全世代に共通した心構えだと感じさせられました。

老いの利点についても考えが書かれています。

「老い」は若いころには持てなかった、感覚を鋭敏にさせるという点です。

自らが老いてから体験した偶然の出来事を例に出して説明がされており、実際に科学的に証明できるような根拠があるとは書かれていません。

ですが、このような宇宙的な力・神的な力の存在を遠藤周作が語ると、思わず信じてしまいます。

「毅然として死ねない人よ。それでいいではありませんか。」という言葉は、神・人間・愛・死と日々向き合っている著者だから言われるからこそ他人に伝わるのであって、私にとっても人生観を学ぶ言葉となりました。

 

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