「流れる」(幸田文)の読書感想文 書き方の例文1471字

 

読書感想文
「流れる」(幸田文)
※1471文字※

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「それでもいい、客観的な心を失わなければ卑屈になるはずはないのだと思いながらも、夜なかのお使いに味噌三十円持って歩けば、割烹着の白さがきわだって、わが姿にいじけそうである。つい力が入って味噌の経木へ親指がぐずりとはいった。」

最近はあまり見ませんが、経木と言うのはたこ焼きなどが入れられている、薄い木材の包装です。

しなやかながら、柔な素材ではありませんので、「ぐずりとはいった」親指には、結構な力がこめられていたのでしょう。

40代の新米女中である主人公・梨花の悔しさがよくわかり、ついでに自分の親指にもお味噌の冷たさが伝わって来て、ひやりとするような表現です。

この感覚、以前の私にはわからなかった部分なのですが、年齢を重ねるにつれて伝わって来るようになった顕著な例です。

幸田文「流れる」に出会ったのは、20代半ばのことでした。

当時、外国に留学中だった私は自然と日本語の活字に飢え、たまの一時帰国の際には実家近くの古本屋から、何冊もの文庫本を購入しては持ち帰っていました。

翻訳本ではなく、日本人による日本語の本が読みたい、と思い続けていました。

そこで昭和や大正時代と言った、まだあまりカタカナ表現が氾濫していないような古い時代の作品にこだわり、さらに読みやすい女性作家の本を好んでいました。

初めにこの作品を手にした際は、「幸田文かあ、大学受験の現国で抜粋が大量に問題になっていたなあ…」くらいしか感じなかったのですが、読み始めると擬態語が多く、実に読みやすい文章であることがわかりました。

受験生の時は「試験問題」として構えて読んでいましたが、純粋なエンターテイメントして対峙すれば、実にリズムのよい読み物なのです。

このように、買った当初は「楽しい日本語読書」としてひたすら楽しく読んでいました。

花柳界の台所へ、女中としてうっかり入ってしまった普通の奥さんという設定からして面白いですし、ころころと展開していく芸者さんたちとのやりとりも楽しい。

終戦後の世界とは言え、そこにはやはり花柳界ならではのあっけらかんとした明るさ、華やかさもあるので、今までに抱いていた物資欠乏の厳しい戦後、とはまた違ったイメージが私の中に生まれました。

それでも、この10年間を通して私の環境も変わりました。

夢に満ち溢れていた気鋭の留学生という立場から、結婚して家庭と言う狭い世界に入り、その中で
「こんなはずじゃなかったのに」
「今まで自分が必死に学んできたことは何だったの?」
と問うような出来事が立て続けに起こりました。

夫は転職と失業を繰り返し、以前の(気持ち的に)華やかな生活とは打って変わった、実に質素な生活を強いられています。

この体験から、私は梨花さんほどではないにせよ、はっきりと「没落」の感覚を味わったのでした。

だからこそ、いま繰り返して読むたびに、どんどん梨花さんのしなやかな強さ、屈強な精神の素晴らしさがひしひしと理解できはじめたのです。

一人になっても前向きに、自分なりのやり方や価値案・感覚で、逆境を乗り切ってゆこうとする彼女の強さ。エンターテイメントとして読む場合には、やや見えにくいのですが、ここにははっきりと、同様の経験を味わった作者・幸田文のハングリー精神、負けん気が垣間見えます。

自分ももう30代後半、どんどん梨花さんの年齢に近づいてきたのですが、まだまだ彼女には及びません。

それでもいつか私も、梨花さんのように強い女性になりたいものだと願いつつ、嫌なことや辛いことがあるたびに本棚から繰り返し取り出しては読んでいる大切な本。

それが「流れる」です。

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