「人魚の眠る家」(東野圭吾)の読書感想文 書き方の例文2000字 

 

読書感想文
「人魚の眠る家」(東野圭吾)
※2007文字※

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わたしは、小説の中でも医療ミステリー、特に脳に関する作品、心臓に関する作品などが大好きです。

こうしたジャンルで言えば、やはり出てくるのが東野圭吾になるでしょうか。

私自身、東野圭吾の作品は数多く読んできました。

それも自分自身が大好きな前述の医療ミステリー以外も。

探偵ガリレオシリーズや秘密といった東野圭吾のレガシーな作品から、天空の蜂のような作品、手紙や白夜行のような作品まで。

本当に読み漁ってきたといっても過言ではありません。

大好きな作家ですがその中でもやはりすきなのは医療ミステリーでした。

そして、最近読んだ中で最も印象に残ったそして、心に訴えかけてくるものがあったのは「人魚の眠る家」です。

こうした作品の中で一切殺人が起こらないというのは東野圭吾の作品の中では異例中の異例ではないでしょうか。

いや、考えようによってはこの作品の中では脳死そのものが一種の殺人ということになっていると東野圭吾は訴えかけたかったのでしょうか。

この作品のテーマは親の子供に注ぐ愛情の形や方向性、そして人間の死、脳死は人の死かという非常に重いものです。

こどもがプールで遊んでいる最中におぼれてしまい、脳死に至ります。

しかし、その脳死を受け入れられない母親は意識が戻ることを信じて、何らかの策を施したいと考える。そして夫が電極を用いて、人間の脳の力で体を動かす機器の開発をしていることを知り、自分の娘にも応用したいと考えたわけです。

もちろん、倫理的に問題があるかないかなどこのときの母親には意味がないわけです。

父親もできる限りの協力を惜しまないことにします。

そして、治療といえるのかどうかわかりませんが、またはリハビリともいえるのかどうかわかりせんが眠り姫に対しての行動が開始されるわけです。

といっても、電極に電気を流してわずかながら体を動かすだけです。

脳死という状態は変わらないので、筋肉が衰えないようにマッサージなどと同じように定期的に手足を動かすことでカバーするというものです。

いろいろなものの見方はありますがこれを医療行為、リハビリ行為と呼ぶのか、さらには親のエゴと呼ぶのか難しいところです。

そして、これは家族の中だけの問題であり、外の世界からこの行為がどう見えているのかは関係のないことです。

そして、最初にその矛盾を感じるのは悲しいことに人魚姫の弟になるわけです。

母親が弟の誕生パーティをしようといったり、人魚姫を弟の学校に連れて行こうとしたり。

母親としては人魚姫は何も問題なく生きていると信じているのですが、周囲の目は全く異なります。

脳死で植物人間ではなく、死んでいる人間を無理やり生かしているという考え方になるわけです。

もちろん、客観的なこの見方を知ってしまった弟は人魚姫に対する不信感だけではなく、両親に対しても違和感を覚えることになります。

正直、子供のこの感覚が通常ではないのでしょうか。

そして、次第に父親も自分の行っていることに対して疑問を感じるようになるわけです。

そして、人魚姫のそばにい続けている母親だけがどうしても自分の行為に間違いではないという思いを持っているのです。

それは自分自身に思い込ませようとしているわけではなく、本当にそれが正しいと思っているわけです。

そして、ここには大きな問題もあります。死と認めたのであれば、そこから臓器移植を行うのかどうかです。

もともと、プールでおぼれて脳死判定を受けた時点で一度は臓器移植を認めていたわけですから。

そして衝撃の瞬間。パーティの席で母親が人魚姫に刃物を突きつけるわけです。

そこには警察も駆けつけるのですがそこでの母親の一言。

「脳死している子供を刃物で殺して殺人罪になるのか?」この究極の投げかけに対してだれが明確な回答をできるでしょうか。

今の日本の倫理観ではどうしようもありません。

私自身もいろいろな小説やコラムで勉強しました。

人間の死は脳なのか、心臓なのか。

これについてはまだ結論が出ていません。

脳死を人の死とするのは臓器移植をスムーズに行うためのステップであり、絶対に正しい結論だとだれしもが納得しているわけではないのです。

この小説の中では、こうした人間の死について、深く作者に投げかけています。

最終的には母親も子供の死を認めることになり、臓器移植という形で自分の娘である人魚姫が行き続けることを納得して、認めたわけですがここまでの葛藤は非常に大きなものであったといわざるを得ません。

これから医療、科学がもっと進歩していけば、どんな形で人間が生き続けていくのか、そしてどんな治療が施されて延命されるのかわかりません。

法律や倫理で定められたところ以外で人間の生死に重要となるのは残された者の気持ちであることも間違いありません。

こうした価値観をもって、人間の生死について考えていきたいと考えさせられるすばらしい作品であったと思います。

まさしく、さすが東野圭吾です。

 

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