読書感想文
「零戦の遺産-設計主務者が綴る名機の素顔」(堀越二郎)
※1622文字※
私はとにかく大戦機、特にドイツ空軍機が好きで、モデリングスキルも凄腕。
副業で受託制作も請け負っています。
この分野の本はほんとうにたくさん読んでいますが、そんな私の立場から零式艦上戦闘機の実態について、この本を通じて考えてみたいと思います。
この分野では実戦記録に人気が出がちですが、本作は零戦の主務設計者であった堀越次郎自らが零戦や海軍の戦闘機、当時の日本の航空技術について述べていますので読む価値はあります。
本作は全く飛行機を知らない人が読んでもわかるように書かれていますので、少し興味がある程度の方にこそおすすめです。
逆にマニアの方は「知ってるわ」で終わる気がします。
零戦は各型合わせて1万機以上も作られ、多くの若者が搭乗して戦いましたからエピソードも多いです。
果たして名機だったのかどうか、議論はいろいろだと思いますが、そういった分野の話をする前提としてそもそも日本の航空産業の実態が、どうだったのかという視野は絶対に必要ですから、そういう点でも価値はあると思います。
その点を理解すれば、本書を通して語られる堀越ら三菱設計陣の努力は「基本的に低い日本の航空産業を背景に、いかに海軍の要求にこたえ、世界基準でも一流の戦闘機を設計するか」の一点に向けられていたことがわかります。
航空機の心臓はエンジン。
1000馬力出力のエンジンはその力しかだせません。
ではそのエネルギーをどう分配するか。例えば最高速度を追及するなら、正面面積を小さくして燃料タンクの容量、数を最小限にし軽くすればいい。
しかし航続距離は犠牲になります。
設計者の根本的なジレンマはここにあります。
最終的にスペックの優先順位をどうするかが腕の見せ所。
海軍や現場からの要求にもこたえていかればなりません。
このあたりについては堀越らもとにかく力を入れたところ。
「極地戦闘機でなく戦略的な運用ができる艦上戦闘機にするため、長い航続距離を実現するため燃料はたくさん積まなければならない。
機関砲と燃料を積み、運動性を高めるため翼面積も大きめに。
しかし速度は必要。そのため機体を徹底的に軽量化し(世界基準では装備が当たり前で戦争する以上捨ててはならなかったはずの)防弾板も捨てる」というところで落ち着きました。
日本はエンジンの分野でドイツやアメリカ、イギリスに10年以上と言える遅れをとっていました。
そのハンディは零戦につきまといます。
大戦前半は零戦と同じく1000馬力級のエンジンが万国共通だったので同機のアメリカ機に比べ、バランスが実によくとれていたためそれなりにやれていましたが、44年にはアメリカが2000馬力の空冷エンジンをほどんどの空冷エンジン装備機に標準装備していたのに対し零戦は1000馬力級のまま。
(1700馬力級の誉シリーズ搭載機は何機種かありましたが、エンジンの安定性に欠けました)
このハンディが後半の零戦の宿命を決定づけました。機体の細かな改修の積み重ねではもはやどうしようもありません。
エンジン開発での敗北が零戦の後半戦での敗北を決定付け、堀越らにとってももう限界のきている機体だったのです。
さて、航空機設計の基礎や当時の日本の航空産業の実態を知るうえではよい本で、基礎参考書といえるこの本を読んだ感想第一は「零戦は練習機としてみると理想的だけど、戦争する機体じゃないよね。
防弾がない機体には乗りたくない。死にたくないから」というのが率直な感想です。
堀越は他国の一流設計者に比べ設計者としてすぐれていたとは残念ながら思えませんが(クルト・タンクやノースロップ、ドルニエらに比べて明らかに才能は負けていました)プライドの高い人物でしたから、あまり自分が設計した機のネックについては本作で紹介していません。
いや、ベストを尽くしたんだ。あれ以外の選択肢はなかったという事かもしれませんが、違和感を感じるところでもあります。
零戦の側面のひとつを知る入門書としては良いと思いました。
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