「最後の将軍」(司馬遼太郎)の読書感想文 書き方の例文1200字

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読書感想文
「最後の将軍」(司馬遼太郎)
※1242文字※

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武家の将軍職とは、、

例えば、毎年、好評の内にNHK大河ドラマが放送されているが、幕末から明治維新にかけては必ずと言っていいほど、最後の将軍である徳川慶喜が登場してきます。 

其の時期は、その時代背景を含めて徳川末期は幕末動乱としての混沌とした時代でも有ったのです。

幕末に京都と幕府を守る為に派遣されたのは会津藩や桑名藩であったが、その役割は宗家の徳川家の存続と朝廷を護衛する為であった。

その最後の将軍である徳川慶喜は世間ではあの優柔不断の将軍として登場してきますが、作者の司馬氏は彼の時代の不運さとあいまって、その聡明さも同時に描いているのです。

そうしたところに歴史の面白さと隠れた真実があるのではないかとも思われるのです。 

時代の流れというのは如何ともし難く、滅び行く徳川幕府の最後の将軍である慶喜を、「最後の将軍」(文春文庫)で司馬遼太郎氏が描いています。

その生い立ちから亡くなるまでを描いているが、彼の生涯を通じてこの動乱の時代ともなると、徳川家にしても、そして武士の世は既に終わっていたのであった。

実は、武士の時代が始まったのは源頼朝による鎌倉時代であるが、その時代の最後はやはり十五代将軍(十四代と言う意見もある)である北条高時であったが、高時の場合は反乱軍であった新田軍の攻めにあって、一族郎党とも腹切って最後を遂げたのであった。

この北条高時は愚鈍な執権のようにいわれるが、最後に登場した得宗執権の愚鈍によって滅亡へ加速したようで、ある意味では気の毒な人ではあったのです。 

そして、次の時代になった室町幕府の最後の将軍は、やはり十五代将軍の足利義昭でありました。 

この頃は下克上の戦国期の真っ只中であり、将軍義昭は一旦は織田信長と手を結んで幕府を再興したが、やがて信長と反目しあい義昭を最後に室町幕府は崩壊したのでした。

この様にただ、武士の政権になって歴代の一族支配は北条、足利、徳川政権に観るように、永い時代、時の移りと言うのは何時の世も創世記から隆盛期があって安定期にはいり、その後は衰退期から滅亡期と時代の流れの常套であったのかもしれないのでです。

因みに、鎌倉幕府といわれるが、その形式を簡単に言わしめると北条一門というのは実質的には将軍ではなく執権と言っていました。

将軍と言うのは国家の頂点における其のときの天皇から任命され、全国に武威と格式を示せる権力を持ったのが征夷大将軍なのです。

ところが北条氏はその幕府の中において将軍を補佐するのが役目であったのであります。

ところが、正統派の源氏が三代で早々に滅びてしまうと、政治的な将軍職というのは実際はなくなってしまうのです。

従って、北条氏が幕府として政治の実権は握ったものの将軍職は名乗れず、執権職として十五代のながきに渡って続いたのでした。 

因みに、初めて将軍、又は征夷大将軍となのるのは平安初期の坂上田村麻呂という、東北の蝦夷(エミシ)を平定した武将だったのです。

この時、将軍職を授与したのは平安遷都した桓武天皇でした。

 

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