「無私の日本人」読書感想文の書き方の例文1200字

※1238文字

「無私の日本人」(磯田道史)を読んでの感想

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磯田道史作「無私の日本人」は、映画「殿、利息でござる」の
原作ともなりました。
「殿、利息でござる」で取り上げられているのは、そのうちの
一遍「穀田屋十三郎」です。 
穀田屋十三郎は仙台藩(今の宮城県)の造り酒屋。
江戸時代の無名の人物です。その十三郎が本書で取り上げられているのは、
重税に苦しむ故郷のため、領民が1000両を出資し、藩に貸し付ける
というアイディアを思いついたためです。
当時の仙台藩は財政難。そして領民に重税を課すという悪循環。
このままでは十三郎の故郷は、子々孫々まで重税に苦しむことになります。
そこで、十三郎が考案したののが、藩に貸したお金の利息で、
子孫を潤すというものでした。年貢をとられるだけでなく、
利息をとる側にまわるという逆転の発想だったのです。
現代ならば個人金融業といえるでしょうか。
現代人の感覚では珍しくなくとも、当時としては大胆な試みだったのでしょう。
ただ、その実現には茨の道が待っていました。
まず仲間から、1000両もの大金を出資してもらわねばなりません。
そしてこのアイディアを、藩上層部に上申する必要もありました。
当時は庶民と武士との間に、絶対的な身分の差がありました。
そして上申が藩の上層部に届くまでに、何段階もの決済が必要だったのです。
上申はたらいまわしにされ、「前例がない」として却下されます。
江戸時代の話でも、現代日本の事なかれ主義と二重写しに見えてきます。
しかし十三郎はめげません。その原動力となったのは、故郷と子孫を救いたい
という思いだったのでしょう。

本書「無私の日本人」には、十三郎のように、私心を捨て去った
無名の日本人が登場します。
ほかに取り上げられているのは、儒学者中根東里。
歌人で尼僧だった大田垣蓮月と歴史の教科書に登場することのない人たちです。
中根東里は自らの信じる学問のため、独学を貫きます。
中根東里は自らの学問を追及する代償として極貧にあえぐことになります。
それでも彼は、自分の信念を捨てませんでした。
彼は自らの著作をほとんど残すことがなく、ひたすら書物と対話しました。
自分の名声を後世に伝えることには関心がなかったのです。
自分の信じる道を歩むこと、すがすがしい生き方は、現代人にとっても
指針となるでしょう。
自らの利益を省みることのない、打算のない人々の生き様に心を打たれる
ことでしょう。

一方の大田垣蓮月は数奇な運命に翻弄された歌人でした。
もともと大名家の一族として生まれたものの、私生児であったたため
下級武士に養子に出されたのです。
そのため、生活は困窮します。
糊口をしのぐため和歌の教室を始めたものの、美人としても知られていた
蓮月の美貌目当ての入門者ばかり。
そこで蓮月は焼き物を始めます。
蓮月焼として人気となったものの、偽物が出回るようになってしまいます。
ところが蓮月はこれを許すのです。
自らのことより、貧しい人の生計が立つようにと考えたのです。
穀田屋十三郎ら、無名ながら他者のために尽くした日本人の姿に
胸を打たれました。