「車輪の下」読書感想文の書き方の例文2000字

※2021文字

「車輪の下」(ヘルマン・ヘッセ)を読んでの感想

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この作品は繊細な文章により思春期の少年の心理がまさにガラス玉のように
美しく表現されています。
ヘッセの詩的な描写があるからこそ、ハンスに強く感情移入して考え込んでしまいます。

主人公のハンスは生まれながらにして才能のある神童です。
しかし優秀であったがために周囲から過度に期待をかけられ自由を奪われてしまいます。
大人たちは理解があるふりをしながらも、結局は自分の顕示欲を満たすための道具として
少年を利用してしまうのです。
ハンスは進学した神学校で自由を求める異端児ハイルナーと知り合い親しくなります。
そしてハイルナーの影響により大人の期待の檻に囲われた自分の環境に疑問を持つように
なります。
しかし異端を認めない大人によりハンスはまたもおさえつけられ、その結果心を病んで
しまいます。

悲劇なことは、大人の理想の型の中で育ったハンスはいざ青年になってから自立をしようと
してもできなくなっていたことです。
少年時代誰よりも優秀だったはずのハンスは、一人だけ大人になれず取り残されてしまいます。

周りの大人たちはどうして彼を理解してあげられなかったのだろうと悔しくなりました。
ハンスを助けることのできた場面は何度もあったと思います。

まずは幼少期のハンスに対してです。才能のある少年をみて大人たちが自尊心のために
近づいてきます。
大人たちは口々に「ハンスのため」としていますが、本心では「ハンスと親しくなれば
将来立派に成長した際に自分がその恩師として尊敬を集めることができる」という
浅はかな下心をもっていました。
本当にハンスのことを考えているのなら、友人と遊ぶ時間を奪ってまで勉強はさせないと
思います。
勉強をすることで将来の選択肢は増えると思いますが、神学校に進学して最後は牧師か
教師になると道が決められてしまっていては、その道から外れた時に何もできない
大人になってしまいます。
現に、作中のハンスは神学校をやめたのち機械工を目指しますが、それまで力仕事など
したことはなかったためとても苦労します。
体力の問題だけでなく、社会生活においてもお酒の飲み方がわからなかったり恋の仕方も
わからなかったり、一人思春期の少年のまま周囲となじみにくくなっています。

試験の度にハンスは「今回の試験はだめかもしれない。」と不安をもらします。
それは彼が発したSOSであり、周囲から一言でも「別にだめでもいい」と
声をかけてもらえればその後の結果も変わったと思います。
実際は牧師も教師も父親も「いい結果に決まっている。悪いなんてことはありえない。」
と更にプレッシャーを与えて縛り上げてしまいます。
唯一くつ屋のおじさんだけは試験がすべてではないとわかっていましたが、
不器用な性格のためにハンスにそれを伝えることはできませんでした。
周りに恵まれず、本当に不運な少年だなと思います。

次に神学校時代でもまだ助けられるチャンスはあったはずです。
ハンスは学校でハイルナーと出会い、決められた以外の世界を知るようになります。
そこでハイルナーと共に友情をはぐくむことができたなら、ハンスは自立できたはずです。
しかし自分の思い描く通りにならないことを嫌う教師がハイルナーを排除しハンスを
孤独にしてしまいます。
ハイルナーさえ残っていてくれればハンスは救済できたのではないでしょうか。
とでも残念です。

ハンスには釣りの趣味がありましたが、大人たちはその時間まで削り勉強を
させてしまいました。
次第にハンスも釣りへの興味を失いだしてしまいます。
すっかり勉強しかできなくなってしまった少年は追い込まれた際のはけ口を失って
しまいます。
神学校で自分の進路に悩むようになったとき、ハイルナーが去った後もせめて釣りの
習慣が残っていればこれほど心を病んでしまうこともなかったのかもしれません。

機械工の見習いとして働き始め、自分は手を動かすことで楽しいと思える、
ということに気が付きます。
でもそこに行き着くには随分と時間をかけすぎていました。同級生に負い目を感じるほど
苦労をしています。周囲が早く過ちに気づきハンスを自由にしてあげていればここまで
彼を苦しめる結果にはならなかったはずです。

1905年に発表された本ですが、内容は現代社会における問題と同じテーマを扱っているように
思います。
心の繊細さはいつの時代も変わりません。
現在の社会でも自分の本心と周囲の期待との狭間で精神をすり減らし、結果的に鬱になって
しまうという人が増えています。
親からの過度な期待でつぶれてしまう子供もいます。
勉強漬けでいい大学をでても、いざ就職したらまわりとのコミュニケーションがうまくいかず
十分に仕事もできない大人もいます。機械工の仕事でラテン語の知識を持て余すハンスの
ようです。

思春期の子供と関わることは本当に難しいことだと思います。
しかし私は導くなどの勝手なおごりは捨てて、大事なことは何かをよく考え、謙虚に
それぞれの個性を認められる大人でありたいと思いました。

2 件のコメント

    • 作者より買い取って掲載している文章となります。
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