「化物語」読書感想文の書き方の例文2000字

※2011文字

「化物語」(西尾維新)を読んでの感想文

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「記憶力には自信があるのよ。鎌倉幕府が成立した年のことだって覚えているわ。」
「それはただの年号暗記じゃないのか。」
「いい国作れず、鎌倉幕府」
「やな憶え方だな!」

『化物語』を読んでいると、このような、主人公の高校生、阿良々木暦と
その周囲の登場人物たちの会話に何度も何度も大爆笑させられます。
「怪異」たちがおこす、気持ち悪い現象や血なまぐさい事件が描写されている話ですが、
こんなにおかしな会話が随所に出てくるおかげで、あまり怖くはなくて、
楽しく気分よく読み進めるのです。

『化物語』に始まり、『傷物語』、『偽物語』、『猫物語』…と続く物語シリーズを
知ったきっかけは、アニメ化されたものを見たことでした。
アニメでも、主人公と他の登場人物との会話のやりとりはとても面白かったのですが、
このような言葉遊びは、アニメで見るよりも文章として読んだ方がもっと面白いだろうな、
と思い、小説を読んでみることにしました。

実際に小説を読んでみると、期待以上に言葉遊びが面白かっただけでなく、
アニメとは違う雰囲気でストーリーが展開していて、私はこの世界観の方が好きだな、
と思いました。
アニメでは、道路標識や建物の景色が現実世界とは少し違っていたり、場面ごとに
難解な漢字が大きく出てきたりして、それはそれで『化物語』の世界をユニークに
表現できているとは思うのですが、小説では、現実の世界とまったく同じ、
ごくごく普通の高校生が経験する話として描かれていることで、登場人物に
共感しやすいのです。

苦悩する思いと引き換えに自分の体重をなくしてしまう、蟹に取りつかれた少女の話、
願いをかなえてくれるという猿の手のミイラにお願いをしてしまったために、
猿の腕を持つことになった少女の話、猫の死体を埋めてあげたことで、
猫に取りつかれてしまった少女の話など、様々な怪異によって引き起こされる事件が
描かれていますが、それぞれの登場人物の悩みや苦しみは現実世界で普通に起きている
ことなので、彼女たちの切なさや悲しさが伝わってきます。

中でも一番心にせまってきたのは、主人公の阿良々木暦が母の日に出会った、
かわいらしいけれど、ものすごく生意気な、八九寺真宵という小学生の女の子の話です。
迷子になった女の子を主人公が助けてあげる話、と思って読み進んでいくと、実はその女の子は
幽霊で、家に帰りたくないという思いを抱えている人にしか見えない存在だった、というのです。
両親が離婚したため、会えなくなってしまった母親に会いに行く途中で、交通事故にあって
死んでしまった女の子。しかも、そんなに苦しい状況の中でも、周りの人を巻き込まないように、
「話しかけないでください、あなたのことが嫌いです。」などと嘘をついてまで、
他人を遠ざけようとする、本当は心の優しい女の子。何とかしてあげたい、という主人公の
気持ちは痛いほどに伝わってきました。
苦労して母親の家があった場所まで送り届けると、その女の子は地縛霊から浮遊霊に
二階級特進する、というのは中途半端に目的を達成しているのかもしれませんが、
それ以上にその女の子を助けることはできず、人間のできること、他人のできることには
限界があるということを思い知らされます。

蟹から離れることが出来た少女も、本来の苦悩を忘れることは出来ず、猿の手にコントロール
されてしまうことがなくなった少女も、猿の手が消えるまでは長い年月を待たなければならず、
猫に取りつかれた少女が猫を押し込められたのも一時的で、またいつ猫が現れるか分からない。

そして、主人公の阿良々木暦は吸血鬼であり、人間に戻ることができないまま。
『化物語』の各ストーリーは、それぞれの「怪異」が現れた事件を一時的に解決することはできても、
それを経験した本人にとっての完全なハッピーエンドは一つもないのです。
しかし、だからこそ、それでも前を向いて生きていこうとする、あるいは前を向いて
生きていかなければいけない登場人物たちに共感し、励まされるのです。

『化物語』では主人公が吸血鬼になってしまったいきさつは語られず、その続編である『傷物語』で
そのいきさつが初めて分かります。
作者はあとがきで、『傷物語』を読んでから『化物語』を読むという順番でもかまわない、
と書いていますが、どちらを先に読むかで、登場人物に対するイメージが大きく変わる
のではないかと思います。
『化物語』を先に読むと、主人公と付き合っているクラスメイトの戦場ヶ原ひたぎを応援したくなり、
その二人の関係を知りながら、ひそかに主人公に思いを寄せる羽川翼のことを脇役のように感じますが、
もし、『傷物語』を先に読んでいたら、『傷物語』の中で主人公のために大活躍する羽川翼の方を
応援したい気持ちが強くなっていたのではないかと思います。
それも、できごとには表と裏があるということ、人にはそれぞれの立場があること、という、
作者のメッセージなのかもしれません。