「博士の愛した数式」読書感想文の書き方の例文2000字

※2004文字

「博士の愛した数式」(小川洋子)を読んでの感想

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私は小川洋子さんの作品を初めて読んだのはこの「博士の愛した数式」
が最初でした。
なんといっても、テーマがストイックで物事を覚えていることが
できなくなるという非常にナイーブな内容だったこと、
そしてこの作品を読んだ時期にわたしの祖母が少し痴ほうの症状が
出だしたときだったので非常に他人事には思えなかった時です。

まず、この作品には恋愛という風景が出てきそうで出てこないという
ところが一つの特徴かもしれません。
もちろん、登場人物の間に恋愛感情が生まれてもおかしくないなと
読みだしてからは感じるところもあったのですが最終的にはそこに
至りませんでした。
そこには主人公の物事を忘れてしまう男性と男のことの触れ合いを
優先して描きたいという小川洋子さんの思惑があったからかもしれません。
さらに、この作品には200ページ以上の単行本にもかかわらず、
登場人物が極めて少ないことも特徴のひとつかもしれません。
だからこそ、登場人物にも感情移入しやすいということに
つながっているのかもしれません。
さて、実際にこの作品のお話ですがなんといっても数学の博士の
交通事故によって、記憶能力が失われたことがスタートになります。
そして、「私」とその子供のである「ルート」との心の触れ合いが
一番のポイントになります。
私もさすがに博士の数学者っぽい、数学にしか興味を示さないところに
困惑しますが、少しずつ親しみをかんじる流れが非常にこのましいなと
思いました。
もちろん、こうしたお話ではどうしても恋愛につながることもありますが、
博士が70代、私が28歳未亡人ということもあり、恋愛ではないなんとも
いえない関係のままで続くところが面白いところです。
これを友情と呼ぶのか、果たして父親として感じるのか、母性愛を感じるのか、
はっきりといえないまさしくこの物語ならではの関係だと思います。

そして、この二人の関係を結びつけるのがルートという小学生です。
このあだ名をつけた博士もさすがに数学者ならではの考え方です。
一般的にはこんな名づけ方はしないでしょう。要するに頭の形が数学の
ルートの形に似ているだけでそう名付けたわけです。

また、小学生にとって、博士のような数学者との触れ合いはなかなかない
こと、これだけでも非常に画期的なはずです。
さらにこの博士の物事を覚えていることができないという病気との出会い
ももちろん、はじめてのことです。
正直、一生こうした病気に出会わないということのほうが圧倒的に多いでしょう。
だからこそ、母親である私ルートは博士との距離の取り方や病気への
理解を示す方法にも少し時間がかかりしかし、それ以上に親しみをもって、
接することが出るようになるわけです。
先ほど、この博士と未亡人である私の関係についてもお話ししましたが、
もちろん、博士とこのルートの関係もなかなか探してもないパターンだと思います。
ルートは父親のことをあまり理解できていません。
しかし、この博士に父親を求めるようなところは一切なく、かといって
おじいちゃんという立場になってほしいわけでもなく、数学を教えてくれる先生
でもなく。
最初の出会いがラジオをなおしてもらったところからのスタートなのできっと
彼にとっては理科や科学に強いおじいさんという位置づけであったかもしれません。
それが、博士の病気を知るにつれて、少しずつ感情が変わってきます。
病気への驚きだけではなく、小学生なりにこの病気のことを理解するようになり、
最終的には博士といかに有効な時間を過ごすことができるかをおのずと考えるよう
になったわけです。
ここでわたしの祖母の話に戻りますが、病気は違いますが記憶が失われていくという
意味では痴呆症も似ています。
私の娘たちも最初に祖母のこの症状に出会ったのもルートと同じような年代でした。
正直、わたしも身近な人間が初めての体験であり、自分自身も困惑している中、
娘たちにどう説明したらいいのか非常に迷いました。

しかし、結果的にあまり予備情報を与えないようにして、自然に祖母と接するように
話をしました。
元気なころの祖母のことも知っていて、少し物忘れがひどくなったくらいの時からの
接点だったのでそれほど衝撃もあったわけでもなく、自然に入り込めることができた
と思います。
子供は非常に素直で率直に病気のことを指摘することもありますが、この病気に
対する受け入れも非常にはやいものです。
まさに博士の愛した数式のルートは現実の姿を映しだしているといっても過言では
ありません。
「博士の愛した数式」は人間模様、病気に対するそれぞれの反応が非常にリアルに
描かれているなと祖母と娘たちの姿を見ていると改めて感じることができました。
もちろん、きれいごとばかりでは済まなくなることはわかっていますが、
まずはあるがままを受け入れることにより、次のステップに進んでいくことを
周囲の人間みんなで考えていくべきだと個人的に感じた次第です。