「春日局」読書感想文の書き方の例文1200字

※1503文字

『春日局』(杉本 苑子)を読んでの感想

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此の本は川家光の乳母として権勢を振るい、大奥でも権勢を振るった
女傑・春日局(かすが の つぼね)の物語であり、ご存知、春日局は
映画やテレビでも御馴染みで、特に大奥シリーズでは何度見せられた
ことがありますね。 

「春日局」という名称は、時の天皇である後水尾天皇と拝謁し、
この時の称号として戴いたもので、同時に二位局(にいのつぼね)
というを位を戴き、同じく従二位(じゅにい;律令制下において制度で、
従二位は主に内大臣や大臣の正室などの高位)などの位も贈られた。
従二位といえば平時子(平清盛の妻)や北条政子(源頼朝の妻)も
戴いている際て高い位階となっています。

将軍となる家光を支えるべく、運命を変えて江戸に下った春日局・お福は、
“そこもとの恩は子々孫々に到るまで忘れぬぞ”とまで言わせ、祖父・家康に
次ぐ尊敬を集めた。
又、“負けませぬ、決して負けませぬ” 将軍の乳母として後継者である
竹千代(後の3代将軍・徳川家光)を育生する機会をえたお福(後の春日局)
であるが。 

気弱な竹千代に、存分な愛情を注ぐお福だったが、彼女を悩ませたのは、
利口な次男である国松とその母・お江(おごう:崇源院:浅井長政の三女で、
母は織田信長の妹のお市の方)の方との確執だった。
そして、女性ながらの野望や野心は時代の乱世の中で育まれていくのですが、
その逆境から栄光を極める地位にまで昇りつめた波乱の生涯を描いています。
他にも三代将軍家光の生母である崇源院をはじめ、徳川家関連の女性陣を
生き生きと描いています。

其の春日局は元の名を斎藤福(さいとう ふく)といわれていて、戦国たけなわの
安土桃山時代から江戸前期の女性で、父親は美濃国の名族・斎藤氏(美濃守護代)
の一族で明智光秀の重臣であった斎藤利三であり、母親は稲葉良通(通称は一鉄
)の娘である安(やす)であり、幼少年期は戦国の波乱のとんでもない半生人生を
経験しているのです。

父の斎藤 利三といえば即、かの明智光秀の参謀、重臣としても知られていて
本来の美濃の斎藤氏の一族である。
戦国期の美濃といえばあの若いころの斎藤道三が有名ですが、其の道三といえば
織田信長の義理の父でも有り、信長が道三の娘の濃姫を娶ったことでも知られて
いますが、ただ、血統的には別とされていて家系的にはには諸説あって判然と
しないとされています。
此の斎藤 利三は美濃が信長に滅ぼされると後年、明智光秀の参謀となってやがて
信長を本能寺で討つことになります。
此等の戦国慌ただしい世の中で、末娘の福(春日局)らを産んだことになるのです。

一方の母親の安(やす)は、稲葉 良通(一鉄:いなば いってつ)の娘であり、
戦国時代から安土桃山時代にかけて当主の斎藤氏に使え、後には織田信長や
豊臣秀吉に仕えた家臣とされています。 彼は美濃国の三人衆の一人として特に
良通は其の三人衆の中でも筆頭とされていたとされます。
其の娘の安が嫁いだところが斎藤利三であったのであり、其の稲葉家も戦国期に
有っては名門中の名門とも言えるでしょうし、徳川第三代将軍・徳川家光の乳母
となり権勢を振るった春日局(斎藤福)の外祖父にあたり養祖父でもあるのです。

此等の両親の生い立ちや家系、時代背景とからみても、斎藤副(春日局)が
如何に戦国の世で波乱の半生を送っていたかが判ります。
此等の生涯を乗り切って徳川の政権下に入り込み、己の人生経験を活かしながら
三代将軍・家光を育て上げ、徳川家の安定政権に寄与したことも理解でき、納得も
されてしまうのです。
「負けませぬ、決して負けませぬ」といった、其の信念こそ戦国時代という
下克上の世界を身をもって経験しているからでしょう。