「坂の上の雲」(司馬遼太郎)読書感想文の書き方の例文1200字

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「坂の上の雲」(司馬遼太郎)読書感想文の書き方の例文1200字

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私が好きな本の一冊に挙げるのは、司馬遼太郎の「坂の上の雲」だ。
この本の内容は、明治の日本が生んだ、三人の男達の物語だ。彼らはそれぞれ陸軍、海軍、教育と別々の道に進んで行くのだが、
彼らの思想の根底にあるものは皆同じなのである。
[br num=”1″] それは、明治の代を見ることがかなわなかったものの意思をついで当時の日本をよりよい国へと導くこと。
この三人の中で、最も印象的な人物だったのが正岡子規である。
彼は他の二人とは違い教育という形で当時の日本に仕えていたということから、他の二人よりも特異な存在に見えた。
[br num=”1″] 司馬遼太郎はこの作品の中で、「誰もが努力さえすれば、何にでもなれる。」といっています。
また、最も楽天的な時代であったともいっており前者の象徴が軍隊に入った二人を後者が正岡子規本人のことを揶揄していると
思えた。
この正岡子規という人物は病床に付しても決して悲観せず、自らの文学という道を貫いた。
 [br num=”1″] 思うに、司馬遼太郎はこの正岡子規を中心に描いていたのではないか。と、私は考えている。
この作品では正岡子規は三人の中でも最も早くに亡くなってしまい、作品全体を通して軍部の二人が中心となって
描かれているというように感じてしまう。
[br num=”1″] だが、私には正岡子規を中心にして、他に登場する夏目漱石も含めて全てが彼を彩る存在のように感じられた。
いわば、この作品の正岡子規とは明治の日本そのものを象徴していたのではないかと考えられる。
繰り返すが、明治の日本とは一言で言えば「楽天的な時代」である。
私は今の時代と比べて言い知れぬ虚無感を抱いた。
[br num=”1″]

 現代の日本は、当時の日本と比べて人々の心の中に大きな志が存在した。
その志とは「日本をよりよい国にしたい」という思いである。
これは著者の言葉を借りて言い換えれば、「誰もが努力さえすれば、何にでもなれる時代」に生まれたのだから
この国のため、人のためになることがしたいということである。
[br num=”1″] 思えば私たちは、今あるものが当たり前と感じてしまっている。
少なくとも私はそうだ。
[br num=”1″] 自分の好きな分野が学べ、自分の思うことを発信する機会が与えられている。
今でこそ当たり前ではあるが、果たして10、20年前の人々があるいは私たち自身がこれを想像できただろうか。
自由になればそれだけ不自由も増え、便利になればそれだけ不便も増していく。
[br num=”1″] 今日、現代を生きる私たちは今の便利さを棚に上げ現状に不満を漏らしすぎではないだろうか。
今の私たちには大多数を動かす手段を持っている。
言い換えれば、当時の日本を生きていた彼らのように自らが時代を席巻していく力を持っているといえるのだ。
私たちに足りないのは、いや根本的にこの「坂の上の雲」を生きた彼らと違うことは覚悟が足りないということである。
[br num=”1″] 覚悟さえ持てば、方法はおのずとついてくる。
大事なのは、覚悟。すなわち、決断力である。
今を生きる私たちが、これから試されるのはそういった決める力ではないだろうか。
これを読み終わった私はそう思う。