「1000の小説とバックベアード」(佐藤友哉)の読書感想文 書き方の例文 2000字

「1000の小説とバックベアード」(佐藤友哉)の読書感想文
※2028文字

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「内容とは直接関係ないところが、すごく印象に残りました。なんというか、人生の最後に読みたい小説です」
 これは物語の終盤近くで、主人公に「未完の小説の感想を聞くのが間違っているのは承知していますが」とせがまれた、配川ゆかりの返答である。
 「1000の小説とバックベアード」を読み終えたときの私の感想と似ている。もちろん良い意味でである。

 

 優れた童話や児童文学などを大人が読むとき「行間を読め」と言われることがある。「内容と直接関係ないところが、すごく印象に残りました」というセリフは、「行間を読め」をさらに大きく解釈したもだと私は感じた。
 それはある意味で、最大限の褒め言葉ではないだろうか?
 その証拠に、主人公は「本当ですか?」と聞き返し、配川ゆかりは「本の感想を嘘つく人って、私、大ッ嫌いなの」と答えている。穿った読み解き方をすればお互いに悪意を持ってセリフをぶつけ合っているだけなのかも知れないが、さすがにこの場面でそれはないだろうと信じたい。
 ところで私が「1000の小説とバックベアード」に出会ったのは古本屋であった。

 

  数ある背表紙のなかに「1000の小説とバックベアード」という題名を見つけたとき、ふたつの単語が琴線に触れて思わず手にとった。
 ひとつは「1000の小説」であり、ふたつめは「バックベアード」である。
 バックベアードと言えば、日本では水木しげるのマンガ『ゲゲゲの鬼太郎』に登場するキャラクターが有名である。小説の中でも言及されているが、黒い太陽の体に巨大なひとつ目という姿の妖怪で、実は水木しげるが盗作したとか、元ネタは19世紀の画家オディロン・ルドンの描いた絵だとか、いろいろな逸話を持つ。しかし物語の内容には直接関係ない。
 この小説のなかに登場するバックベアードは図書館の館長である。黒いヘルメットをかぶっており、ヘルメットを脱ぐと顔がないという魅力的なキャラクターではあるが、バックベアードの特徴はなにひとつ引き継いでいない。

 

 そもそも、配川ゆかりいわく「ちなみに、バックベアードにバックベアードと名付けたのは私よ。ぴったりでしょう? バックベアードには、それ以前には名前もなかったの」ということである。べつにバックベアードでなくても、のっぺらぼうとかでも良かったのではないかと思うのだが、題名に使われているくらいなのだから、まだ私には読み解けていない謎があるのかも知れない。
 ちなみに配川ゆかりはそのセリフの後、
「配川さんはバックベアードという存在を、何者だと思ってますか?」という質問に対して、
「小説の神様」と答えている。
 それなら、最初から小説の神様で良いじゃないかと思うのは無粋だろうか。

 

 さて、琴線に触れたもうひとつの単語「1000の小説」であるが、こちらは言葉そのものであった。
 物語のなかで、バックベアードと同じく謎解き要素のひとつとして扱われ、巨大な計画などの存在を匂わせていたが、正体は1000冊の小説そのままであった。

 配川ゆかりが後半に、
「この世に小説という概念が誕生してから、何十何百何千何万何億何兆何京と刊行されてきたけど、バックベアードに云わせると、本当に小説と呼べるものは、1000冊だけらしいんです。ごくたまに更新はされるけれどほとんど不変で不動の小説が、美しい意味で無敵の小説が、この世には1000冊あるらしいんです。」と説明してくれている。
 こちらは一応、物語の内容に直接関係している。ただし深い謎はない。

 

 以上のように、この小説を最初に手に取った切っ掛けである「1000の小説」と「バックベアード」という単語に関しては、どちらもやや肩すかしであった。
 だが、そんなことはこの小説の魅力とは関係がない。
 ここで内容を簡単に説明すると、主人公は片説家(小説とは違い、特定の個人に対して集団で物語を書く仕事)であり、冒頭クビになっている。そんな主人公が小説家を目指す物語が「1000の小説とバックベアード」である。

 

 この主人公、自分に小説の執筆依頼をしてきた配川ゆかりに逃げるな小説を書こうと説得したり、そろそろ……小説に助けてもらってもいいはずだと思ったり、小説そのものになったりしているが、最後まで小説を完成させていない。ラストで『自分自身に向けての小説を書くため、図書館に住む失格者たちに向けての小説を書くために、名前も知らない誰かに向けての小説を書くため、船の上に、日本に、自分のアパートに戻りながら、小説によって世界を循環している幸せを噛みしめて笑う』とあるように、ようするに「これから頑張ろう」なのである。

 

 実に魅力的な主人公である。
 ちなみに、この小説には作家を目指している人向けのハウツー本的な一面もあったりする。
 最初に書いたとおり、本当に、内容とは直接関係ないところがすごく印象に残った一冊であった。

 

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