「地獄変」(芥川龍之介)の読書感想文 書き方の例文 2000字

「地獄変」(芥川龍之介)の読書感想文
※2021文字

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「あのさっきまで地獄の責苦に悩んでいたような良秀は、今は云いようのない輝きを、さながら恍惚とした法悦の輝きを、皺だらけな満面に浮かべながら……」とつづく一文は、絵師の良秀が自分の愛娘を乗せた御車が燃える様を見ている姿を観察している語り女の言葉です。

 

 物語のクライマックスと言うこともあり、殿様の心情やペットの猿、従者の様子などを含めて、良秀の娘を愛しく思う親心が、描きたいという欲望に負けていく様子が数ページにわたってつらつらと描写されており、読んでいて胸に迫るものがありました。

 このあと良秀は描き上げた屏風「地獄変」を殿様に献上し、次の夜には「梁へ縄をかけてくびれ死んだのでございます」と語られるに至るわけですが、そこでふと思ったことがあります。
 良秀の地獄を描き出そうとする執念は、語り女の言葉を信用するなら、殿様に「全く車を焼き人を殺してまでも、屏風の画を描こうとする絵師根性の曲なのを懲らす……」と言わせるほどです。良秀の妄執は殿様の思惑を越えて、最愛の娘が焼き殺される様子すら画とするほどに激しかったわけですが、もしも仮に描きたいものが「地獄」でなかったらどうなっていただろうと想像してみたのです。。

 

 例えば、子供の笑顔や日常の些細な風景、あるいは最愛の娘の幸せな姿を、執念を持って描き出そうとする良秀の物語です。
 もしもそうだったなら、良秀の最期はもっと違ったものになったかもしれません。最愛の娘の焼け死ぬ様を見てその後に首に縄をかけるような最期ではなく、孫に囲まれての大往生になったかもしれません。
 ただ、そんな心持ちの絵師だったとすれば「誰でもあの屏風を見るものは、如何に日頃良秀を憎く思っているにせよ、不思議に厳かな心持ちに打たれて、炎熱地獄の大苦艱を如実に感じる」ほどの画を描けたとも思えません。
 そしてなによりも、こうして物語を読んだ私の心を打つこともなかったと思わざるを得ません。
 平和な世界を描く絵師が幸せに生きて幸せに死んでいく物語よりも、妄執に取り憑かれた絵師が最愛の娘を画のために失い苦しみ死んでいく物語のほうが人を虜にするのだと。それこそが、まさに「地獄変」の地獄のありさまそのものではないだろうかと私はそんな風に思ってしまいました。
 もちろん、そうした私の想像や思ったこととは別に、地獄変という物語は素晴らしく良くできた物語です。
 特に登場するキャラクターがみな魅力的なのです。

 

 たとえばストーリーテラーである語り女にしてもとても素敵な性格をしています。
 彼女は殿様に20年以上仕えておりことのほか殿様を持ち上げようとしますが、それが実にしらじらしいのです。
 例えば、先に書いた「全く車を焼き人を殺してまでも、屏風の画を描こうとする絵師根性の曲なのを懲らす……」という語りですが、その前振りとして「まず第一に何故大殿様が良秀の娘を御焼き殺しなすったのか、これは、かなわぬ恋の恨みからなすったのだと云う噂が、一番多うございました。が……」とあります。また、物語の序盤にも、大殿様は皆に尊敬されていて御車の牛が放たれて偶々通りかかった老人に怪我をさせても、老人の方が手を合わせて大殿様の牛にかけられたことを有り難がったなどと言っています。大殿様もたまったものではないでしょう。

 

 その大殿様にしても、娘に恋煩い、振られたからと言って焼き殺すような人物です。それだけ聞くと激情家で豪放磊落な性格に思えますが、語り女の言葉から伝わってくるのは女々しく陰湿な性格だったりします。
 実に人間らしいです。地獄変に登場する人間は実に人間らしく一癖も二癖もあります。そんななかで一服の清涼剤ともいうべきキャラクターが子猿です。
 良秀の娘のペットであり、大殿様を含めてお城の皆に可愛がられ、娘が焼き殺されるとき燃え盛る車に飛び込んで一緒に焼け死ぬという壮絶な最期を迎えます。まるで人間の良心そのもののようなキャラクターですが、それが人ではなく猿だというところに可笑しさと悲しさを感じました。
 そんななかでも群を抜いて魅力的なのが、主人公「良秀」です。

 

 芸術至上主義の体現者とも言える人物で、芸術のためなら全てを犠牲にします。こういったキャラクターは古今東西多くの小説に登場しますが、良秀ほど見事に描かれている人物を私は他に知りません。「地獄変」を読んだ当初の私は、良秀の生き方に憧れ傾倒しました。
 そういった強烈な魅力を持った登場人物たちが絡み合い、そして語られ進んでいく物語はそれこそ至上の芸術とも言えます。

 

 優れた小説は読者になにかしら与えてくれますが、「地獄変」から私がもらったのは情熱です。
 その熱量はとても大きく、今でも自分の中で気持ちが冷めかけたときなどに読み返すことで胸の奥に熱を取り戻すことのできる一冊です。
 こうした物語と出会えたことは私の一生の宝物です。

 

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