「杜子春」(芥川龍之介)の読書感想文 書き方の例文 2000字

「杜子春」(芥川龍之介)の読書感想文

※2180文字

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 時は中国唐王朝、その都洛陽の門の下で日暮れの空を仰ぐ一人の
若者・杜子春がこの物語の主人公です。

 

彼は、かつては金持ちの息子として、その財産で遊び暮らしていま
したが、その財も尽き果て、終日物思いにふけ、ついには命を絶つ
方がいいのかもしれないとまで考え始めました。

そんな時に目の前に老人が現れ、地面を掘るように言い、言われた
場所を杜子春が掘ったところ、黄金が出てきました。
しかしこうして手に入れた黄金も彼は湯水のごとく使い果たし、ま
た無一文になってしまいました。

 

 私がこの小説に入り込めた理由の一つが、杜子春という若者の人
間性に惹かれるものがあったからです。私はこの杜子春に人間らし
さをとても感じました。

自分の欲望に逆らうことができず、否、逆らおうともせず、欲に従
って生きるという姿に人間の本質を見た気がするのです。
それはまるで、昨今のカジノに関する法律成立の是非を取り上げる
マスメディアがギャンブルに入り浸り、その快楽から抜け出せなり
困窮していく人を映したものと一致して見えたのです。

古今東西、人の本質とはこうであったのではないだろうか。世の中
にはそれを理性という鎧で隠すことができる人とそうでない人がい
るだけなのではないか。

そして作家芥川は黄金を引き当てた杜子春に群がる人についても実
にリアリティをもって描写しています。
かつて両親から受け継いだ財を使い果たし一文無しになった杜子春
には人も寄ってこなかったのが、黄金を手にし、遊び始めると、た
ちまち周りに人が寄ってくるようになります。

欲に打ち勝つことのできない杜子春とそこに群がる人もまた人、杜
子春ではなくその後ろにある黄金を見ている。
この描写に私は胸が醒める思いがすると同時に、ややもすると自分
もまたこのような人物の一人となりえるのではないかと感じ背筋を
冷たくしました。

 

さて、杜子春は一度手に入れた黄金を使い果たした後、また老人
と出くわします。そして前回と同じように地面を掘るように指示さ
れ、再び黄金を手にするのです。
しかしまた同じように使い果たし一文無しとなった杜子春の前に、
三度老人が現れるのです。すると杜子春は、老人に対してこうまで
黄金の場所がわかるあなたは仙人に違いない、ついては私も仙人に
してほしいと老人に弟子入りを志願するのです。
杜子春いわく、金を目当てに集まってくる人をみて人間に愛想が尽
きたというのです。

 

しかし一方で私はこの言葉の裏に仙人としての能力を手に入れれば
また黄金手に入れられるという思いがあったのではないだろうかと
感じました。
仙人の修行を認められた杜子春は老人について山奥に連れられ、岩
の上で修行を始めます。
老人はいかなることが起こったとしても声を出してはいけない。
それが修行だと杜子春に伝え、杜子春の前から姿を消してしまいま
す。

 

さて岩に坐した杜子春に何者かと問う声がするのです。当然声を出
してはいけないと言われている杜子春は返事をしません。
しかしその声はやがて返事をしなければお前を殺すと言い出すので
す。それでもなお杜子春は声を出しません。

 

知らない山奥に連れてこられ、どんな獣がいるやも知れない場所で
死の宣告までされても仙人になろうとするその欲に支えられた意思
に、私は、人の欲の深さの凄まじさを感じたのです。

 

さて何度問われても返事をしない杜子春の前に姿を現したのは神将
です。神将は宣言通り、神兵たちに杜子春を殺させてしまったので
す。槍に刺された杜子春はそれでもなお声を発しようとはしません。
そうして殺された杜子春は閻魔大王の前に引きずり出されます。

 

ここでも何のために岩に坐していたかを問う閻魔の質問に、頑とし
て答えようとしない杜子春に業を煮やした閻魔大王は、手下に命じ
て杜子春の両親を連れてくるようおに命じます。
杜子春の前で両親が痛めつけられ、質問に答えるように促されます。
それでもなお答えようとしない杜子春のために、両親への拷問は激
しさを増していきます。
そして目を瞑り老人の教えを何度も反駁し、言葉を発しないように
耐える杜子春に、息も絶え絶えな声で、そんなに答えたくないこと
なら答えなくてよい、私は大丈夫だからという声が聞こえてくるの
です。

この声を聴いて杜子春は思わず「お母さん」と声を発してしまうの
でした。声を発した杜子春はこの世に戻り、目の前に立っていた老
人から、もしあのまま声を出さずにいたら老人自ら杜子春を殺して
いたと伝えられます。

それに対して杜子春は欲もなく人間らしい暮らしがしたいと伝える
のでした。

 

この小説は人間の欲の深さに恐怖すら感じさせると同時に、どれだ
け欲にまみれ、溺れた人であっても心の奥底には人間らしい純粋さ、
優しさを持っているのではないかと希望を与えてくれるものでした。
この優しさに、私は救われる気がしたのと同時に、誰しもが持って
いるであろう優しさを感じられる感性を育んでいきたいと感じまし
た。

 

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