読書感想文
「思い出のマーニー」(ジョーン・G・ロビンソン)
※1990文字※
友だちなんて、いらない。
主人公の「アンナ」は、おそらくそう考えていた。
独りぼっちを好み、友だちの多い人間と自分を「あちら側」と「こちら側」で分けている。
人との交流を、半ば諦めているようだった。
消極的で、内気で、こもりがちなのである。
友だちなんていらないという感覚も、一人の方が心地良いという感覚も、私は分からなくはない。
しかしそれでも、アンナは排他的であると感じた。
それは、家族に問題がある、というのも関係しているだろう。
アンナは義両親に育てられている。
それだけでストレスと、やり切れなさは筆舌に尽くしがたいものがあるだろう。
両親のいない苦しみと、血の繋がりの薄い(親戚筋の人間ではあるので)大人に育てられ、生活を共にするという苛立ち。
思春期の女の子だから、猶更である。それで、協調性のなさや人と関わろうとしないアンナのパーソナリティを完全に肯定することはできないとはいえ、そうなってしまうのも仕方ないだろう。譲歩の余地は、充分にある。
この「思い出のマーニー」は、そんな主人公アンナが、不思議な貴族の美少女「マーニー」と出会い、少しずつ成長していく物語である。
ストーリーについては、ここで深く掘り下げるつもりはない。
SFファンタジーに近い物語、ということだけを断るにとどめておく。
ストーリーの核心部分はこの「思い出のマーニー」の一つの見どころであるし、そこにはミステリー要素も多分に含まれているので、詳述するべきではないのである。
少なくとも私は、そう判断した。
だからここでは、アンナの心理にスポットを当て、極力ストーリーの部分と重ならないようにしていきたい。
私が印象に残っているシーンは、アンナがマーニーと交流する過程で、自分が「不幸」において他人と比較していたことに気づくところである。
マーニーはお嬢様で、自分の持っていないものを全て持っていると思っていた。
羨ましかったのだ。しかしマーニーにも辛い現実があることを知り、そこでアンナは「自分がマーニーよりも不幸だという点で、マーニーに優越感を抱いていた」という、倒錯した感情を持っていたことに気づく。
劣っているからこそ、優越している。
そしてこれは、アンナが他の人間に対しても適応させていた感覚だ。
自分は友だちがいない、独りぼっちだ、両親もいない、つまり不幸だ、「だから優れている」。
しかしアンナは、マーニーとの交流で以下の二つのことに気づく。
一つは、自分だけが不幸なのではないということ。
そしてもう一つは、そもそも不幸の総量で他人と比較し、優劣を決定しようとすることが、間違っているかもしれないということである。
アンナはまだ少女と言っていい年齢だ。
そんな彼女の気づきに、私はハッとさせられた。
私にも、不幸で他人に勝とうとしたことはあったと思う。
しかもそれを、平然とやっていたとすら感じる。
悲劇のヒロインになっているつもりだったのだろう。
その上わたしの不幸は、アンナやマーニーには遠く及ばない。
わたしはこのシーンを読みながら、自分の過去を思い返して恥ずかしくなった。
なんて浅ましかったのだろう、と。
アンナがここで知ったのは、他人を思うということの大切さではないだろうか。
自分の不幸にばかり目を向けるのではなく、他人にも目を向ける。
「あちら側」だと思っていたはずのクラスメイトたちにも、実は大きな悩みや不安があったのかもしれない。
他人について思いを巡らせるということは、結果的に、自分の視野を広げることになるはずだ。
マーニーと交流し、マーニーについて考えることで、結果的にアンナ自身が成長したように。
そのようなアンナの考え方の変化が、少しずつ物語を動かし始める。
停滞していたアンナの人生に、僅かではあるものの光が差し始める。
それがさらなる発見を生む。
まさに好循環である。
初めと終わりとで、アンナがどのように変わったのか、それは是非物語を読んで知っていただきたい。
家族との確執はどうなるのか。
マーニーとの関わりはなにを生み出し、どこへ向かっていくのか。
しかし少なくとも私は、アンナは初めの頃よりも、何倍も明るく魅力的で社交的ですらある、そんな女の子に変わったと思う。
何よりもアンナは、この物語の終盤で、自分は一人ではなかったということに気づくのである。
そう考えると、「孤独」のもたらす不安や葛藤は、計り知れないものがあるのかもしれない。
子ども、特に思春期の子どもに必要なのは、何はともあれコミュニケーションなのではないだろうか。
孤独の有無が、その子どもの人格の深いところにまで関わってくるような、そんな気すらする。
アンナは、マーニーという友人を見つけることができた。
もし今、孤独を抱え不幸を数え上げている子どもがいるとしたら、その子にマーニーのような友人ができること、私は心から願う。
停滞する物語を動かすためにも。
⇊本が欲しくなった方はこちらから⇊